澄慶に渡したばかりの藍色に薄紫のマーブルがかかっているカーネーションを顔の前に差し出され、学友は思わず退いた。
「俺はさ、実はさ・・・!」
澄慶は何かを必死にこらえる様にして今度は自分の方にカーネーションを引き寄せ、香りを嗅いだ。
「・・・いいんだけど、何かあの電話の女、虫が好かない」
澄慶が下を向いて下唇を突き出して不服そうに言った。学友は澄慶の顔を見てると、可笑しくなってきた。
「お前さ〜、もしかして、妬いてない?やべ〜な〜、最初からおかしいと思ってたけど、俺に気があるんじゃないのか?」
学友はからかう様に続けた。
「花だってさ〜、男だったら普通そんなには喜ばないよな〜。あ、俺は別だけど、花は俺のライフワークだから。でもお前って、単純に俺からのプレゼントなら何でも嬉しいんじゃないの?」
極めつけに、ケラケラとわざとらしい笑いを澄慶に浴びせた。澄慶は学友を見据えたまま、動かなかった。
「どうしたの?図星で声も出ない?」
追い討ちをかける学友に澄慶は花を投げ付けた。
「こんな物いらねー!ライフワークかなんか知んねーけど、お前みたいに人を小バカにする奴の店の花なんざ、腐ってるよ!」
澄慶は大声で叫んだ。最後にぺっと唾を吐いて、自分の店に戻り、いつもは開け放しておくドアを思いっきり大きな音を立てて閉めた。
学友は足元に落ちたカーネーションを1本1本ゆっくりと拾った。少し萎びて、花のデリケートさが、心に染みた。学友は首の折れた花を指で支えながら、自分の店に戻った。
「ありがとうございます!!」
お客さんに誕生日用の花束を作ってくれと頼まれて、彩袋は今日の学友一押しのカーネーションをメインに藍色を生かし、高貴なイメージの豪華な花束を作りあげた。これをすごく気に入ってもらい、次もお願いねと上機嫌でお客さんは帰って行った。学友は先程の萎れかけたカーネーション5輪をテーブルに並べ、じっと眺めていた。
「どうしたんです、店長?何だかお葬式みたいですよ」
学友は、彩袋に向かってにっこりと微笑んだ。
「阿袋・・・頼みがあるんだけど」
「何ですか?」
「どうしたんじゃ、えらくぶっそうな顔をしてからに」
林叔は将棋盤を片付けて、茶をすすっていた。澄慶は一生懸命笑顔を作った。
「何でもないですよ、あ、熱いお茶入れ直しますね」
そそくさと林叔の湯呑に手を伸ばすと、その手を掴まれた。
「無理しなさんな。あんた、お茶入れるどころじゃないじゃろう」
林叔の優しい目が深い皺を更に深く作った。
「お茶を入れる・・・人をもてなす時は、他に悩み事があってはならん。もてなされる方も憂き目を見るに決まっておる。お茶には入れた人の心までもが入るもんじゃ。それより、わしで良かったら何でも話しておくれ。大した助けは出来んじゃろうが、話すだけでも気分が楽になると思うがの」
澄慶は頭を下げた。さっきの学友との経緯を簡単に話した。もらった花を投げ付けたことや、ひどい言葉を浴びせた事等もかいつまんで話した。
「自分でも悪いのは分かってるんです。でもあまりにも学友の言い方が癪にさわって・・・」
林叔は、ふぉっふぉっと笑った。
「そりゃ、お前さんが怒るのも無理はなかろう。男たるもの軟弱に見られるのは恥ずかしいものよのう」
澄慶は大人しく項垂れていた。
「しかもあんたは、格好からするとそこいらの男共より男気がありそうじゃからのう」
澄慶は照れて、頭を掻いた。
「でも、手は意外と綺麗じゃの。足はすごい脛毛じゃが、さすが、茶の湯を心得ておるだけある。実はさっき手合わせしとる最中もずっとおぬしの手を見させてもろうとった」
澄慶は慌てて両手を後ろに隠した。林叔は再び笑った。
「なあに、わしは、ガサツなだけの男は嫌いでの。お前さんの事を愚弄しとるわけじゃないから心配せんでな」
澄慶は頷いた。
「隣の花屋の坊主は、わしもよく知っとるで。花を買ったりはしたことないが、鉢植えの花に水をやったり、数十本の花をひとつひとつ見てやったりとそれこそおなご顔負けの世話じゃ。感心する。お前さんが惚れるのも無理はないかもしれんな」
「違いますって!もう、林叔までそんな事言うなんてな〜・・・」
澄慶は少し気分が晴れた。その時がちゃりとドアが開いてたくさんの花々が飛び込んできた。日光も一緒に飛び込んできたので、澄慶は目を瞬かせた。
「澄慶さん、これ、店長からです」
ドアが閉まると彩袋が今度はピンク色のカーネーションとかすみ草をキチンと花束にしたものを抱えて立っていた。
「手紙も預かってきました」
彩袋は白い封筒を差し出した。澄慶は受け取ると、すぐに便箋を開いた。
澄慶、
さっきは言い過ぎた。冗談のつもりだったけど、気に障ったんなら謝るよ。
花投げつけられた時、すごいショックだった。あの色、お前のイメージだったから、
後でボロボロになった花を見てるとどうにもいたたまれなくなった。お前が凄く
傷ついてるのが表れてるようだったから。花を贈ってあんな思いするのはいやだから
もう一度、今度はちゃんとした花束を贈ります。俺を許せなくてもどうか花には当たら
ないでやって下さい。
学友より
「店長とケンカしたんですか?・・・なんか、すごく元気なくなっちゃってるんです」
澄慶はちょっとね、と肩をすくめた。そして、彩袋の抱えてる花束に目をやって言った。
「俺にはちょっとロマンチックすぎる花だな。阿袋がもらったら?」
「そんな、私はいいです」
澄慶はちょっと考えてから花束の中から、1輪抜き取って阿袋に差し出した。
「じゃあ、これは、俺から阿袋に」
彩袋は真っ赤になって、受け取った。林叔も横で笑っていた。
「学友には、もう怒ってないからって言っといて。冗談を本気に取った俺が悪かったって」
「分かりました。あの、これは私の提案なんですが、今日3人でカラオケ行きませんか?実は店長、カラオケが大好きなんです」
「・・・へえ〜。面白そうだね」
「この前、せっかくお食事に誘って頂いたのに行けなくてすごい残念で・・・。私個人の希望でもあるんですけど」
「うん、そうだね。行こうか」
彩袋は飛び上がって喜び、お店に戻って行った。林叔は澄慶の腕を肘で小突いた。
「やるのぉ〜、あの娘はきっとお前さんに気がありそうじゃな」
澄慶は林叔に向かって苦笑した。もらった花束をすぐに花瓶に移しかえて、入って来た客がすぐ目に入る位置に飾った。
「カラオケ?」
学友は目を丸くした。彩袋が私の案です!と胸を張った。学友は彩袋が手にしているカーネーションに目がいった。
「あ、これ澄慶さんがくれたんです。あの、とても喜んでましたよ」
ふ〜ん、と学友は気のない返事をした。
「阿袋、澄慶の事どう思ってるの?」
「え?とてもいい人ですよね」
「そうじゃなくてさ、彼氏にどう?」
彩袋は顔を真っ赤にして、両手で手を振った。そんな、と大騒ぎしている。分かりやすい反応だ。
「まあ、俺としては、ちょっとショックだけどね」
彩袋は照れながらも嬉しそうだ。そして、営業してる間ずっと機嫌が良かった。
閉店時間が近づいた頃、澄慶がやって来た。彩袋は火がついたようにバタバタと閉店作業にとりかかっていた。
「あ、ゆっくりでいいよ。俺は早目に店閉めただけだから」
いいながら、澄慶はタバコに火を点けた。彩袋が、慌てて飲みかけの缶ジュースを持ってきた。澄慶は、手を振って、断り外へ出た。
「誰だ、店の中でタバコなんぞ吸おうとした奴は!」
学友が奥から言いながら出てきた。澄慶は口が塞がってるので手で、俺はそこにいない、外にちゃんと出て吸ってる、文句あるか?のジェスチャーを手早くやった。学友がそれを真似て、外へ出ても、お前の事だから吸殻をそこらに捨てるつもりだろ、このモラル欠落人間が!とジェスチャーで返した。彩袋は2人の様子を見て笑った。
店を閉めると学友の車でカラオケ屋に向かった。後部座席に澄慶と彩袋が座った。何やら楽しそうに2人は話していた。バックミラーを覗くと、澄慶がこちらを見ていて学友は驚いた。彩袋がしきりに話しかけていることに答えながら、澄慶はずっとこっちを見ていた。学友は、思わず何?と聞きたくなったが、何故か言えない雰囲気だった。
カラオケ屋に着いて、部屋に案内してもらうと、早速学友はマイクを握った。彩袋が適当に飲み物を注文すると、すぐに、おつまみとフルーツの盛り合わせが出てきた。学友が歌い始めた。澄慶はコンピューターで流行りの曲の名を忘れて、文字数だけは覚えていたので、文字数検索していたが、手を思わず止めた。
「店長、歌手みたいでしょ?私、店長の歌聴くといつも聴き惚れて、自分の歌いたい歌探せなくなるの」
彩袋が横から澄慶に言った。学友が歌い終わると、2人は拍手喝采した。
「やだな〜、俺歌い辛いな〜」
次は澄慶がマイクを握った。学友は1曲歌っただけで随分機嫌が良くなった。
「まあまあ、俺は特別だからよ!気にせずに!」
なんて言いながらもうすぐに次歌う曲を入力している。澄慶の選んだ曲、台湾の歌手伍思凱の「忘了愛我」の前奏がかかった。ちょうど飲み物が来たので、ビールを学友が口につけた途端、澄慶が「Oh〜Oh〜]と迫力ある声でシャウトしたので、思わず吹き出した。
「きゃ〜!!すごい!うま〜い!!」
彩袋は感激して思わず立ち上がって拍手していた。学友もそのまま固まってしまった。
「なんかなんか、伍思凱に声似てません?すご〜い!店長!ピンチですよ」
曲の間奏の時、澄慶は色んなポーズをして彩袋を楽しませた。学友は我慢出来ず、途中から参加した。この歌は良く知らなかったが、適当にアレンジしてみた。終わると彩袋は拍手しながら言った。
「すご〜い、なんかライブみたいだった!」
3人は3時間程歌った。駐車場に向かう間、まだ歌い足りないかの様に3人で歌いながら歩いた。時間はもう0時近くになっていた。
1人の黒ずくめの女がまっすぐズンズン歩いてきて、よけもせず、3人のど真ん中で止まった。
「何だよ、あんた?」
澄慶が少し酒の回った目で女を睨んだ。女は視線を澄慶から学友に移した。
「お久しぶり」
女が学友に語りかけた。澄慶は学友を見た。
つづく。
カラオケ屋のくだりで、伍思凱の「忘了愛我」を選曲する場面があるが
実際本当にあるか定かでない。ユー様の曲でさえ、歌おうと思って覚えてきても
特に売れた曲しか入れてない事が多くていつもがっくりする。
学友の曲はもちろんたくさんあるが、古い曲は少しずつ削除されていってるのが悲しい。私としては「地震」とか歌いたいのに。(笑)
JOAへ・・・
どうだ〜、女の謎は結局君が解決したまい!ハッハッハッ・・・。