想いの行方

「おや、今日はご機嫌じゃの」
林叔が将棋を打ちながら、お茶を運んできた澄慶に声を掛けた。澄慶は白い歯を見せて笑った。
気になってた女の謎もはっきりして、2日酔いもどこかへ飛んだ様だ。そして、すぐに点心をいくつか盆に載せて持ってきた。
「今日のお薦めです」
「ほお〜、うまそ〜じゃ〜」
林叔の相手を務める劉叔が点心を覗き込んだ。ほうれん草を生地に練り込んだ餃子と玉子蒸しパン、ミンチ肉と韮の団子等が湯気を上げていた。
「これ、お前さんが作ったのか?器用じゃな。酒樓でも開けるんじゃないのか?」
2人の老人は感心して、笑った。
「いえ、俺はレストランに興味ないですから。主食としてじゃなくあくまでもお茶の伴に出せる点心本来の役割の物を作っていきたいんです」
「そりゃ、わしらもこの店が気に入っとるでな。この店の良い所は腕のいい兄ちゃんがわしらの相手を苦とも思わず毎日楽しませてくれる事じゃ。小鳥の用具も揃っておるし。・・・全部貰おうかの」
2人は澄慶の持ってきた点心を全て自分の方へ取った。澄慶は頭を下げた。
「それはそうと、さっきから店の前を何度も通っとるのはもしかして・・・」
劉叔が目を細めて窓の外を見た。澄慶も振り返ってみると、学友が行ったり来たりしてるのが分かった。澄慶は、表へ飛び出した。
「何してんだ?学友」
学友はそれに答えず、澄慶の店に入った。林叔と劉叔がお互いを見て何やら笑い合った。隅のテーブルに着くと、お茶入れてくれ、と頼んだ。
澄慶はすぐに鉄観音茶を入れて、持って来た。学友はそれをゆっくりと飲んで、ため息をついた。
「どうしたの?」
「今日は暇だから、早目に休憩取ったんだ。今阿袋が店を見てくれてる」
「ふ〜ん。飯は?」
「まだ。なんか、食欲なくて」
学友の様子が何だかおかしい。澄慶は昨夜酔っ払って何か迷惑かけたんだろうかと心配になった。記憶があるのは所々で、学友が外を走っていたのと、その後2人で色々話した様な気がするが、あまり覚えてなかった。
「・・・具合悪いの?」
「いや、・・・考え過ぎだと思う」
学友は再び茶杯を口元へ持っていって飲んだ。
「昨日さ、俺、何かしたかな?」
学友はお茶を吹き出した。コントみたいに派手にやったので、林叔と劉叔もこちらを見た。澄慶にも少しかかったが、学友の着ている白のトレーナーにもこぼれた。
澄慶は慌てておしぼりをいくつか持ってきてそれで学友のトレーナーを拭いた。
「バカだなぁ、何やってんの。あ〜あ、これ白だから染みになるかもな」
澄慶が言いながら、学友の顔を見ると、何だか目が潤んでいる様に見えた。学友は立ち上がった。
「ああ、もういいよ。拭かなくて。安物だし、どってことない。」
「待って、ズボンにもこぼれてる」
澄慶のズボンを拭こうとする手を払いのけた。
「いいって言ってんだろ!余計な事すんなよ!女じゃね〜んだから!」
学友は言いながら後悔していた。俺は何、苛ついてんだろう?
そのまま、澄慶の顔も見れなくなって、お金を置くと、振り返らず言った。
「・・・ごめん。何かおかしいんだ、ほっといていいから」
学友が出て行った後、澄慶はおしぼりを持ったまましばらく茫然としていた。

やばい。昨夜の行動がまだ引きずっている。俺、どうしちゃったんだろうな。澄慶と普通に話せない。それどころか、顔も見れない。
店に戻ると、彩袋が何かを書いていた。学友に気づくと、慌ててそれを隠した。
「どうやら、今日は厄日だな」
「どうしたんですか?」
「客は来ね〜し、澄慶は・・・」
「澄慶さんがどうしたんですか?」
彩袋は声のトーンが上がった。学友は彩袋の真剣な顔にどう言っていいか分からなくなった。
「いや、何でもない。それより、そんなに奴の事気になる?」
彩袋は顔を真っ赤にしながらも、今度ははっきりと断言した。
「実は、付き合う事になったんです」
「え!?」
学友はすごく驚いた。頭をバットで殴られたみたいな衝撃があった。
「昨晩、澄慶さんと先に失礼した時に、ちゃんと飲み直そうって誘われたんです。そして、そこで一緒にいるうちに酔いも手伝って澄慶さんの事が好きって私勢いで言っちゃったんです。そしたら、澄慶さん、いいよって言って下さったんです。店長もあの女の人がいるし、1人淋しい思いするのやだしって、澄慶さんも結構勢いだったかもしれないですけど。でも、私としてはそれでも嬉しかったんです」
そうか。あの缶ビールの他にも飲んでたのか。
学友は考えながら、自分の考える事まで嘘がつけるのだなと思った。本当は澄慶が酒をどのくらい飲んでいようと、どうでも良かった。彩袋と付き合う事にした澄慶の気持ちを知りたかった。
「俺がどんなに薦めてもあまり気乗りしなかったくせに・・・」
思わず声に出して呟いていた。彩袋を見ると、ガラス戸を拭き始めていた。どうやら聞こえてなかった様だ。暇な時は念入りに掃除をする。今日はいつもは忙しくて出来ない所の掃除が出来そうだ。

いつもより30分早く店を閉める事にした。彩袋を先に帰らせると、案の定、澄慶の店に走って行った。学友は電気を消して、手元だけに明かりを燈すと、売上げ日誌をつけていた。売れたのは花、85本だけ。幾ら眺めても頭に入ってこない数字をみつめながら、隣のシャッターが下りる音が聞こえた。澄慶も、お帰りか。
彩袋と澄慶が仲良く帰る所を想像して、何故か面白くないと思った。
俺は妬いてるのか?彩袋の事、そんなに好きだったのか?
自問しながら、声にならない声で笑った。笑いながら、泣けてきた。
俺、いつからこんな変態になったんだろう。
学友は自分が汚くて、すごく厭らしい奴に思えてきた。もうはっきり認めなくてはならない。それが嫌だった。同性愛の世界なんて、理解出来ないし、考えただけでも吐きそうだった。自分とは無縁だと思っていた。
こんな事になるなんて・・・。
学友が顔を伏せて静かに泣いている時、後ろから声がした。振り向くと、澄慶が申し訳無さそうに立っていた。
「いつの間に入ったんだ!」
学友は大きな声を出して、泣いている事をごまかそうとした。
「あの、鍵開いてたから。今日閉めるの早かったんだね」
「阿袋は?」
「・・・ああ、挨拶だけしてすぐ帰ったよ」
少し澄慶は落ちつかない様子で答えた。
「聞いたよ」
「え?」
「阿袋との事」
「ああ、聞いた?実は酔っててその時の事全然覚えてなくて、話合わすの大変だった」
「でも、付き合うんだろ?」
「ああ、えっと、うん」
澄慶は頭を掻いた。
「やっぱり俺の想像通りだった」
学友が言うと、澄慶はバツが悪そうに答えた。
「あの時多分ヤケになってたと思う。学友とあの人が恋人なんだな〜って思ったら、自分だけ独りでいるのバカバカしくなって。どうにでもなれって心境だった。阿袋にはすごい失礼だったけど」
「そんな適当な気持ちで阿袋と付き合うのか?」
「違うよ。彼女、一生懸命想いを綴った手紙をくれたんだ。すごく真剣な目で俺を見て。あれは、酒の上の話だなんて、言えなくなってさ。彼女の目を見てたら気持ちがすごい伝わってきて・・・。恋人までは考えられないけどって言ったら、それでもいいって。俺も阿袋を傷つけたくないし、多分ここで断ったら今までみたいに話せなくなるのが恐いって言うのもあったと思う」
学友は黙って聞いていた。
「都合良過ぎるかも知らないけど・・・。そのうち阿袋の事本気で好きになるかもしれないし・・・このまま行けばそうなるしかないし、他の女も、もうごめんだし・・・」
最後の方は自分に言い聞かせる様に澄慶は言った。
「俺は応援したい」
澄慶は学友を見た。
「ややこしくならない内に、早く結婚でもしてくれって思う」
学友は半ば自虐的に言った。
「俺がおかしくならない内に」
澄慶は、学友の暗闇から浮かび上がっている鋭い目を見て動けなくなった。


つづく。
どうだ〜、この終わり方!!まさに書き易かろう!JOAよ!
さて、学友の気持ちの状態がヤバくなってきましたね〜。しかし、私が書くと
妙に妖しくなって、爽やかさに欠けるな〜。そんで、辛気臭い気もする。
またJOAが爽やか路線に持って行くだろうけど、その前にこの難関突破してもらいたいね〜(笑)
あ〜、続きが楽しみ。これをどう持ってくるんだろうな〜。(笑)

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