大きな壁を目の前にして

「おはようございます!」
彩袋の声に学友は我に返った。店のガラス戸の向こうで手を振っている。学友は立ち上がり、ドアを開けた。
「あ〜、ごめん。鍵かけたままだった。・・・今日は早いね」
「ええ。あの、すみませんが、今日早退させてもらえますか?」
「別にいいけど。どうしたの?」
「弟が、調子悪くて・・・」
彩袋は少し暗い顔をしたが、すぐ元の明るい表情に戻って言った。
「今日から入院する事になったんです。大した事はないんですけど、念の為にって、先生がおっしゃったんです。で、淋しがるから、ちょっと面会行ってあげようと思って。」
「そうか。じゃ、花でも持って行ってあげたら?匂いのきつくない花を選んであげるから」
「本当ですか?ありがとうございます」
「弟さん、どこが悪いの?」
「気管支が弱くて、咳がひどいんです」
「じゃ、あまり花も良くないかな」
学友はそう言いながらも今日入荷したばかりの花を眺めていた。

お昼近くなって、澄慶が学友の店にやって来た。
「学友!飯、食いに行こうぜ!もう今日は朝から誰も来なくてさ〜。腹立つから休憩取る事にした」
「・・・よくそんな格好で店に立てるな」
学友は呆れつつも、笑った。澄慶は黒に黄色のゼブラ模様のアロハシャツを着ていた。下はいつもの七分丈ジーンズプラスαこと、脛毛丸出しである。澄慶は言われて、自分の姿を見直した。
「ふん、どこが悪いの!俺はずっとこれでやって来たんだから。・・・あれ、阿袋は?」
「今お昼行ってる。今日は3時で上がってもらうから、早目に行ってもらったんだ」
「ふ〜ん」
見れば見るほど、外見的には学友よりも男っぽい。
あんな、毛の生えた足、見といて俺も良くやるよ。背中は確かに綺麗だったけど。あ、首筋も。
学友は頭を振った。
彩袋が戻ってきた。澄慶が微笑みかけると、彩袋は照れながらもペコリと頭を下げた。
「じゃあ、阿袋、2時頃には戻るからそれまで店番宜しく」
彩袋は、了解して、手を振った。
学友と澄慶は店の外へ出て歩き出した。
「どこへ行く?」
学友の問いかけに澄慶は笑いながら答えた。
「香港に来て、初めて学友に会ったとこ」
海街を抜けて、辿り付いたのは学友の行きつけの珈琲室だった。澄慶がいきなり学友の前に座ってきたあの店だ。
「なんでまた、ここ?俺、しょっちゅう来てるよ」
「いいじゃん。あ、新聞買ってくる!」と、近くの露店の本屋で澄慶は新聞を買って、戻ってきた。
「もう、あんまりなかっただろ?新聞は、やっぱ朝買わないと・・・」
「いいんだ。今日、買い忘れたんだよ」

2人は奥のテーブル席に着いた。澄慶がテーブルのビニールシートに挟んであるメニューを真剣に見ていると、学友は、サッサと厨房に入っているおばちゃんに声をかけていた。
「チーズトーストと今日の湯麺ね〜!そんで、食後のコーヒー、忘れないでくれよ!」
はいはい、と返事が聞こえた。澄慶はランチを頼んだ。それから新聞を広げると記事に見入った。
学友は記事を読むために下を向いている澄慶の顔をじっと見ていた。睫毛のカールが本当に綺麗だ。鼻筋も通っている。かと言って2枚目かと言うとそうでもないのになんでこんなに惹かれるんだろう。
澄慶が学友の視線にも気づかず、真剣に読み続けてる記事を覗き込んだ。
同性戀案件・・・と大きく見出しがあった。学友は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
「・・・その記事そんなに面白い?」
「え?ああ、うん」
ようやく澄慶が顔を上げた。
「あのさあ、澄慶はどう思う?同性愛の事」
学友は何気に聞いてみた。澄慶は露骨にイヤな顔をした。
「全然理解出来ない。女同志で何が楽しいんだろうねえ」
記事はどうやら女性の同性愛のもつれによる訴訟問題だった。学友は何とも言えない気持ちになった。
「もしさ、万が一だよ、そんな気なんてなかったのに男を愛してしまったとして、どうする?」
澄慶は驚いて学友の顔を見た。ふざけてる様子は全然感じられない。
「・・・どうするかな。学友は?」
いきなり振られた学友は戸惑っていると、チーズトーストと湯麺が運ばれてきた。澄慶は先にどうぞと手を差し出した。
「俺は・・・よく分からない」
次に澄慶が頼んだランチが運ばれて来た。排骨飯だ。おいしそうな湯気が立っている。澄慶は早速レンゲで食べ始めた。鶏肉の旨味が口の中に広がった。学友も湯麺を右手に箸、左手にレンゲで食べ始める。今度は冗談っぽく言ってみた。
「けどさ、女同志でも男同志でもいいけどさ、セックスの時どうすんだろ?やっぱ男役女役分かれるのかな?」
「そんな話ここですんなよ。飯がまずくなる」
澄慶は学友を睨んだ。学友の顔から笑顔が消え、2人共黙って食事に集中した。味も何も感じられなくなった。学友と澄慶の間に大きな隔たりの線を引かれたみたいだった。何か言ったわけでもないのに、拒否されている感じがひしひしと伝わった。
「澄慶、あのさ・・・」
「学友、どうしたんだよ?最近本当おかしいよ?」
2人同時に口を開いた。慌てて学友が繋いだ。
「今日、うちに来ないか?」
「え?学友の家に?」
澄慶はさっきまですごくクールだったのに急に顔を赤くした。
学友は、これだ、これ。こんな反応するから勘違いするんだよ、と心の中で愚痴った。
「行ってもいいの?」
「いいから、誘ってんじゃないか」
「そうだね。・・・うん、行くよ」




仕事を終え、澄慶と学友は車で学友の家へ向かった。途中の店で食べ物とアルコールをテイクアウトした。
学友の家は九龍塘にある古いフラットだった。電気が切れかけのこれまた古いドアが柵になっていて剥き出しのエレベーターに乗り、5階で降りた。
「ここだよ」
と、降りてすぐ右に曲がったところの鉄扉と藍色のドアの鍵を開けた。澄慶に入る様に促すと、鉄扉を閉め、ドアの鍵を閉めた。
中に入ると、意外と綺麗に片付いていた。木のロッキングチェアが2つとテーブルが置いてある部屋はこじんまりとシャレていて、カフェみたいだった。黄色い柔らかなライトがそこら中につけてある。
「蛍光灯の冷たい光が嫌いなんだ」
学友は笑って、木のロッキングチェアに座る様に言った。買って来た料理を開いて、缶ビールで乾杯した。食べて、飲んで色々な話をした。店の事、劉叔と林叔の事、彩袋の事等。話は尽きなかった。
「あのさ、俺実はさ、手相見れるんだ!」
学友が胸を張った。
「ええ〜!?本当?見て見て!!」
澄慶は無邪気に右手を差し出した。学友は澄慶の右手を自分の方に引っ張った。
「おお!中々いい手相をしておるな!」
学友は黄大仙の占い爺さんの様な芝居がかった声を出した。澄慶は弾ける様に笑った。
「若い頃に運を掴むと出ておる!大体26、7歳頃だ」
「なんだ、もうすぐじゃん!」
「左手も見せてみな」
言われるままに澄慶は左手も出した。学友は左手も自分の方に引っ張った。
「恋愛運見てよ」
「恋愛運は・・・」
さっきまで笑ってた学友の顔から途端に表情が消えて行った。恋愛運なんか見れる筈も無かった。知りたくもない。澄慶の両手を掴んだまま、動けなくなった。澄慶の両手だけを見てると白くて綺麗で、学友は眩暈を起こしかけた。さっきのビールのせいだろうか。
「どうしたの?学友」
そのまま顔を上げると、澄慶が心配そうにこちらを伺っている。学友は目を見開いたまま澄慶を見た。澄慶も黙って学友を見ていた。無言で、しかも体勢がまるで手と手を取り合っている様なので、変な気分になってきた。
思わず、掴んだ手に力が入る。澄慶は思わず下を向いた。
「学友、痛いって。何だよ、何なんだよ」
学友は手を放したくなかった。放したら、もう絶対澄慶に自分の気持ち等理解してもらえない気がしたからだ。


つづく。
どうだ〜〜!!JOAよ!完璧に振ってみたぞ!おぬしに!(笑)
よっ!このおいしいとこ取り!
こういうシーンが一番書いてる側としては楽しみだよね〜。
譲るんだから、いっちょ、いいシーンを期待しますぞ!
ええと、すっかり爽やかな(?)私ですが、お気に召したでしょうか?皆様。(笑)
これでも、色々と頑張ったつもりです〜。感想宜しくです!!

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